スポンサードリンク


父の死




先日、父が亡くなりました。76才でした。

昨年10月、僕が帰省したときに一緒に飲んだり遊んだり、とても元気だったのですが、翌11月に「なんとなくお腹が重い」と言いだし、病院で検査したらなんと癌の末期で腹水が溜まっていました。それまで何の自覚症状もなく、いきなり病院で末期がん(癌)の宣告を受けてしまったのです。もはや打つ手はないと病院では言われてしまいました。

昨年3月には健康診断を受け、その時のCT画像などには全く癌の影はありませんでした。ですから、その後、わずか半年の間に、本人が気付かないまま、きわめて急速に末期まで進行してしまったようです。

あらためて「がん」という病気の恐ろしさ、理不尽さを実感します。これでは毎年きちんと人間ドックを受けていても意味がないじゃないですか…。もしかして見落としの可能性もある?と思い、別の病院のドクターお二人にも半年前のCT画像を見てもらいましたが「がんは見あたらないね。少なくともこの段階では見つけられないよ」とおっしゃっていましたから、本当にそうなんです。こんながんの経過もあるんです。

それから2ヶ月。文字通りなすすべもなく、父は家族に看取られながら静かに息を引き取りました。

それほど苦しまず、しかも最後になって家族にねぎらいの言葉を残してこの世を去った父。

あれから2週間以上経つのに、いまだに現実のものとして理解できていない自分がいます。

ただ、葬儀後、実家から戻ってくる際にKAY1と話して二人で現実のものとして頷き合ったことが一つだけあります。

公務員をヒラのまま平穏無事に勤め上げ、そして、二人の子供を育てた父は、歴史に名を残すことは決してないでしょうが、人としてはもしかして歴史上まれに見るくらい偉大な人物だったかもしれません。これほど凄い人を少なくとも僕は他に知りませんし、KAY1も「あんな人、他に見たことない!普通、いないって!」と言います。

決して愚痴や不平不満を言わず(僕は一度も耳にしたことがありません)、常に人のためになることだけを考えていた父(地域で仲間はずれになっている人を助けたり、そんな話は枚挙にいとまがありません)。こんな人が身近に、しかも父という存在であったことに、僕はいくら感謝してもしきれないでしょう。

死後、病院を出るときから、通夜、火葬、葬儀そして、その後の事務処理も実に多くの人々の優しさに支えられて、すべてがすべて、信じられないくらいにスムーズにできました。こんなことは僕の今までの人生、経験したことがありません。これも生前父がいかに人々に優しく接し、そして助けていたのかということを実感できることでした。

息子として親孝行は十分できたとは言えないですが、最後に、喪主として、葬儀で次の挨拶をしたことはせめてもの「親孝行」になったかなと思います。父の思い出のために、このブログに残しておきます。

------------------------------

本日はお忙しいところ、又、寒いなか、父の葬儀にお運びいただきましてまことにありがとうございました

そのうえ、ご丁重なお供え物、また、ご厚志をちょうだいいたしまして、本当にありがたく、厚く御礼申し上げます。


父、生前中は何かとお世話になり、ありがとうございました。

父は、昨年より体調を崩し、入院しておりましたが、*日深夜、***病院にて息を引き取りました。満76歳でございました。

父の人となりについては、皆さん、よくご存じの事と思いますが、一言だけ、息子から見た父ということでお話させていただきます。

父は、穏やかな性格で、さらに口数が少ない方ですので、人の悪口をまず言いませんでした。それでも水を向けると「そりゃ、その人が、こがぁ思いんさるけぇだ」と別の見方を与え、常にその人の立場になり、理解しようとしていました。

そんな父を子供の頃はもどかしく感じていましたが、私たちも年をとるにつれ、人の置かれる複雑で様々な状況を目にし、その父の気持ちが少しずつわかるようになってきました。「ああ、父が言っていたことはこういうことなんだ・・・」と。

一方で、父はとても正義感が強く、いつも世の中の不正、不条理、悪事にいきどおっておりました。特に、父も私も酒好きなものですから、酒がすすむにつれて、酔っぱらって大言壮語、話題は世の中の話になります。かといって私たち庶民に何ができるわけでもなく、最後は「やれんなぁ」とお互いに言い合っていつの間にかごろ寝しているということもよくありました。

今回、病に伏してから最後の日まで苦痛を訴えると言うことがあまりありませんでした。そのため、私たち家族は、お医者様から病の深刻さを聞いていたのにもかかわらず、実は病が本当はひどくないのでは?と一瞬錯覚したほどです。しかし、最後の最後、亡くなる数時間前に苦しさを訴え、家族に「世話になったのぉ」という一言を最後に残したとき、初めて、父親が本当は苦しくとも、それを家族に言わないようにとしていたことに気づかされました。
 
父から私たち家族がもらったもの・・たくさんあります。

「やさしさ」、「おもいやり」、「正直であることの大切さ」、「人の上に立つのではなく、人の支えとなることの尊さ」・・・。

私たち家族にとって、本当にすばらしい父であり、母にとっては素敵な夫だったと思います。

その父が76歳の今まで、こうして無事にすごしてきたのも皆様のおかげです。

本日、寒く厳しい天候の中、ここにご会葬くださった皆様、本当にありがとうございました。また闘病生活も2ヶ月近くになりました。お医者様方、看護関係、病院の方々、そして、お見舞いに訪れてくださった皆様に私たちは感謝の気持ちで一杯です。

子供二人は東京で生活しており、母を残すことになりますが、今まで同様、おつきあいいただき、母を見守っていただければと思います。

本日、このように皆様方にお見送りして頂けることができまして、故人もお浄土において喜んでいることと思います。

以上、遺族を代表しての挨拶とさせて頂きます。

本日は、誠にありがとうございました。

KAY2

-------------------------------


KAYSのホームページはこちら http://kays1998.web.fc2.com/


コメントの投稿

非公開コメント

こんばんは。
私も15年前に母を亡くしました。
55歳という若さでした。
膵臓癌でしたが9月の健康診断では問題なし。
その3ヶ月後には転移してほぼ末期状態でした。
医者にはGWまではもたない・・と言われましたが翌年の10月に息を引き取りました。
正直言って今でも時々夢を見ます。
亡くなって暫くは実感が涌きませんでしたが半年後位にドンと来ましたね・・。
癌の告知や葬儀の時には涙は出ませんでしたが、その時期は隠れて涙してました。
何一つ恩返しは出来ませんでした。
まさに後悔先に立たず・・でした。
ご冥福をお祈り申し上げます。

Hiroさん、

コメントをありがとうございます。

お母様、55才ですか。本当にお若いのに・・・。
Hiroさん、それはそれはショックだったでしょう。
僕にはそのHiroさんの辛さはとても想像つきませ
ん。私の父みたいに76才ならばまだ、それなり
に高齢だからと納得できますし、こちらもそれな
りに年をとっているので覚悟ができますが・・・。

癌という病気は本当にいやですね。

>亡くなって暫くは実感が涌きませんでしたが
>半年後位にドンと来ましたね・・。

僕も、まだ夢を見ているようで・・・。

でも、葬儀とそしてその後の手続きの山・・・悲
しんでいるどころではないというのが正直なとこ
ろでした。葬儀というシステム、遺族は忙しいと
いうことがよくわかりました。哀しみを紛らわせ
るいいシステムなのかもしれません。

やっぱり、落ち着いたころにドーンとくるんでし
ょうね・・・。

でも多くの人が葬儀にやってきてくれて、皆さん、
一人残された母を励ましてくれていたのは本当に
嬉しかったです。

改めて人の優しさが身にしみました。

KAY2

心からご冥福をお祈りしています。

KAY1さま。お父様のご逝去、心からお悔やみ申し上げます。久しぶりにKAYSのブログにお邪魔したらビックリ!!さぞお寂しいことと思います。でも、こうして素晴らしいお父様をブログで紹介なさればお父様も喜んでいらっしゃることと思います。KAY1さんの日頃のお人柄の素晴らしさは、やはりお父様、勿論お母様からだったのですね。時折ブログでお父様のことを話題にされている時から気が付いていましたが、なかなか、真似しようとしても付け焼刃では創れない素晴らしい方でいらしたのですね。KAY1さんのご挨拶を聞かれてお父様は、さぞテレながら喜んでいらっしゃるでしょうね。そして私もこみあげて来るものを感じました。「人の上に立つのではなく、人の支えとなることの尊さ・・」言葉にならないほど心の中に響いています。これからは、お母様を大切になさって下さいね。頑張りんさいよ。では、ご返事無用です。お忙しいのは、先刻承知!では、心からご冥福をお祈りしています。マー氏ノ

お詫びの追伸

ドジなマー氏ノは、KAY2とKAY1を間違ってしまいました。お許し下さい。先程のメールはKAY2殿へのお悔やみです。訂正しておいて下さいまし。こねーなドジは、マー氏ノぐらいじゃ~ね。失礼しました。本当に申し訳ありません。

こんばんは。このたびは本当にご愁傷さまでございます。どうぞ体調にもお気を付けください。

私も3年前に父を交通事故で亡くしました。何年かぶりに帰省して父に会って話をし、その半年後に帰らぬ人となってしまいましたので本当に最初は何が起きたのかわかりませんでした。涙が止まらないという感情を初めて味わいました。私の場合はその後心の深い傷になってしまいました。

本当にこればかりは二度と遭遇したくないと思いますが、宿命でもありますので受け入れざるをえません。神様仏様なんて本当にいるのか?と初めて深く考えた次第です。

マー氏ノさま、

ボンジョールノ。謎のイタリア人風ですねぇ・・・マー氏ノさま。
心温まるコメント、ありがとうございます。

父は生前よくマー氏ノさんのご自宅に遊びに行ったことをよく話
してくれていました。そんなことも思い出しました。

マー氏ノさんに、なんだか過分なお言葉をいただいちゃいました。
本当にありがとうございます。父もきっと喜んでいると思います。

うん、わしゃ、頑張るけぇ・・・と思わず石見弁で・・・。そう
そう、ホント、「わし」って普通につかうんですねぇ石見弁は。
今度、帰省して石見弁にどっぷり浸かったせいで思い出しました。

本当にありがとうございました。

KAY2

アグルさま

ありがとうございます。m(-.-)m

僕は癌を理不尽な病気と書きましたが、交通事故は最も理不尽ですよね。ある日突然、本当に突然、無理矢理命を絶たれてしまうわけですから。

たまたま今日、KAUNAS 師匠と話していたら、偶然そんな話になり、僕も深く頷いちゃいました。想像を絶することだと思います。

何にも言えませんが、とにかく、残された者は今を精一杯生きるしかない。それが、家族の死を経験した者として、唯一思うことかもしれません。

アグルさん、ありがとうございました。

KAY2



スポンサードリンク
プロフィール

KAYS1998

Author:KAYS1998
KAYSとは二人のKAYのこと。
KAY1:くいしんぼなお姉さん
KAY2:自称「炎の料理人」
詳しくはKAYSの
ホームページで!
どうぞよろしく!!






島根県をコッソリ応援!
島根県の公式「裏」サイト
「リメンバ~しまね」です。


京都の旅行情報
京都の旅行情報
KAYSはトリップアドバイザーさんのお勧めブロガーに認定されました!

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
スポンサードリンク
KAYSホームページの内容
リンク
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる